超新星残骸”M1” かに星雲 (^_^)/

天文台あるペンション カレワラ 超新星残骸M1かに星雲 (^_^)/
(μ300+EOSkissx6i)
おうし座の超新星残骸”M1”です。
西暦1054年に恒星が超新星爆発を起こし粉々になってしまいました。
藤原定家さんと超新星は有名なお話です。
百人一首の藤原定家さんが、このときの超新星の記録を「明月記」に残しているそうです。
(略すと)客星が木星のように輝いた!みたいな。
客星とは超新星や彗星のことです。
昨日までいなかった星がやってくるので、お客さんの星っていうことかな~。とカレワラは想像してます。
子供のころにプラネタリウムでよく聞いた話しです。
でも、ちょっと勘違いしていました
藤原定家さんは、このときの超新星をみていないのです。
日記に書いたと言われれば、見たと思うじゃないですか
西暦1230年11月にやってきた彗星を藤原定家さんは見ていたようです。
「客星いるしっ友達の安倍泰俊に聞いてみたら、こんな返事が返ってきたよ。」って日記でした。
安倍泰俊さんは陰陽寮の漏剋博士です。
漏剋博士の仕事は水時計を使って決まった時間なると、守辰丁(時守)たちに鐘や太鼓を鳴らさせるお仕事です。
天文や気象を調べているのは天文博士です。
空や天気に異常があれば、それを調べて何か起きるか天皇にお知らせする文章を作るのがお仕事。
どちらも位の差こそあれ陰陽寮で実務にたずさわる陰陽師と同僚です。
安倍泰俊さんは天文博士の客星の記録を藤原定家さんに教えてあげたようです。
それを日記の中に追記したみたいですね。
新星や彗星の出現は不吉なことの知らせのようです。
藤原定家さんが彗星をみたころの西暦1230年から1231年は大飢饉だったようです。
教えてもらった4つの新星の記録のうち、3つは不吉なことが起きていたそうです。
でも~あれほど大きいヘールポップも百武彗星がやってきても何も起きなかったですね~
そう子供のころに明るい新星を見たような気がするのですが
たぶん、白鳥座の新星です。
1975年
ベトナム戦争終結、アポロとソユーズがドッキング、昭和天皇がアメリカに初の公式訪問、タイムボカンシリーズ放送開始、ペヤングソースヤキソバ発売…
たぶん、昔は不吉なことが多かったのかもしれませんね。
画像は口径が30cmの天体望遠鏡にデジタルカメラをくっつけて撮影しています。
カレワラの腕とカメラでは、もわもわと雲のように写っています。
フィラメント状というらしいのですが、本当はメラメラといかにも爆発しちゃったようなところです。
M1天体で画像を検索してみてください。
超新星爆発残骸の劇的な画像を見ることが出来ます。
ほんとカレワラっ写真に才能がありません。
いや根気が足りない

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